2012年01月08日

書評『琉球王国史の探求』(高良倉吉著)


(『琉球王国史の探求』高良倉吉著 榕樹書林・5040円)


 本書は、前近代の琉球史のみを限定的に対象としたものとしては、著者の2冊目の個人論文集である。前著『琉球王国史の課題』以降の論文16編を精選したとある。だが、巻末の「主要著作論文目録」に見る通り、この間の著者の活動は単著6冊、共著共編著24冊、論文65編に及んでいる。新聞掲載論文や史料集の解題などはこの目録に含まれていないから、すべて含めると著者の仕事はさらに膨大なものになる。

 本書の最大の特徴は、著者の資質と言うべき実証と論理が随所に見られることだ。一つの資料を丹念に読み込み、推論を重ね、仮説に導く著者の手法は、他の琉球史研究者の追随を容易に許さない。

 例えば、模合請取証文を論じた第16論文や、「羽地仕置」の記述内容から「君ほこり」「寄内」の位置と首里城内のアクセスルートを推論した第9論文で、著者の推理力が遺憾なく発揮されているのに出会う。

 ライフワークである琉球辞令書研究の深化は言うまでもない。伊是名玉御殿の被葬者の問題や地船海運の問題、尚象賢の論理の歴史的捉え返しなど、過去に論じたテーマを継続して追求する姿勢に、研究者としての誠実を感じた。

 また、「百次(ももなみ)」という古語の解説や、「まきり」が村を、「くに」が間切を意味したとする解釈に興味を覚えた。

 著者の方法論は「全体解説」と題された序文に書かれている。しかしこの序文の前半は思いのほか難解である。とりわけ、「巨大な太平洋島嶼世界が琉球王国にとっての『内なる海』としての内実や実質を調える以前の時代」という表現の意味するところが、私には最後まで理解不能であった。

 強烈な論理志向性と、このようなロマンチシズムの極致が同居し相克するところに歴史家の情熱の在処(ありか)を見る思いがした。

 本書の各論文で開示されている具体的な問題の継承も、琉球王国史を「立面形式」で描くという壮大な試みも、すべては後続の手に委ねられていると感じた。(栗野慎一郎・浦添市立図書館嘱託)
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高良倉吉(たから・くらよし) 1947年伊是名村生まれ。沖縄史料編集所、県立博物館などを経て現在、琉球大学教授(文学博士)。専門は琉球史。1992年の首里城復元に携わる。「琉球王国」「アジアの中の琉球王国」など著書多数。
(琉球新報1/8)





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